最近インターネットの普及によって基本無料でプレイできる将棋・麻雀・囲碁などボードゲームの対戦を楽しむことが多くなった。インターネット普及以前であれば、麻雀なら友達同士なら普通4人集まらなければプレイできないし、不特定多数の人たちを相手にする場合は雀荘にいかなければならなかった。将棋・囲碁も本格的に対戦を楽しみたければ道場といわれる同好会組織があるプレイルームにいかなければ対戦ができなかったものだ。

だがネット環境の整備・普及によってネット接続が可能な場所ならスマホなどの通信機器をもってさえいれば・対戦相手を探すことなく空いた時間に楽しむことが可能となりました。また希望するルールの選択や持ち時間の選択など細かいオプションも選ぶことができます。入門者レベルからセミプロまで現在のレートを確認することができ、対戦する相手も自分の現在の実力に応じて選択も可能となっている。

またネットでの有料版サービスともなれば実際の対面対戦さながらのリアルさを追求したものも多数あり、CG・3D表示等立体的なものもあります。

将棋界では近年、「電王戦」などコンピューターとプロ棋士の対戦で盛り上がったことを知っている人は多いと思います。その過程で将棋ソフトの優秀さが認められ、プロ棋士の中でも、日頃の研究や練習将棋で将棋ソフトを活用することが多くなったと聞いています。コンピューターソフトが指した「新手」から新たな流行または潮流が生まれてくることも多くなったように思います。

また将棋ソフト「ポナンザ」など攻めっけの強い傾向をもつソフトの台頭によって、プロの棋戦でも急戦を指向するする人も増えたのではないかと思います。

ところで将棋のプロ棋士には個性や指し手の傾向ともいえる「棋風」なるものが存在します。いわゆる「攻め」「受け」であるが、「攻め」は攻撃(オフェンス)であり、一方「受け」は守り(ディフェンス)である。

ここで勘違いしてはならないのは、この場面ではほぼこの手に違いないという局面では、プロは「棋風」にかかわらず誰でもその手を指します。例えば「棋風」が「受け」であっても必然手が超攻撃的な手ならその手を指すのである。このような局面においてでも別の「棋風」に忠実な手を指すというのは、単に変わり者なのか・弱い・ヘボなだけであると思いますが・・・。

つまり「棋風」という個性が出るのは、その局面において選択肢がいくつもあっていくら考えてもどうにもわからないという場合に、指し手が「受け」の傾向にある棋士の場合は「受け」の手を選ぶし、「攻め」の傾向にある棋士は「攻め」の手を選ぶものである。またそれが、ファンがどの棋士を贔屓にするかという重要なファクターとなるのである。

それが普段の生き方にオーバーラップしている人もいるでしょう。どちらかというと生き方が前向き・積極的な人は「攻め」の棋士を贔屓にするだろうし、重厚かつ堅実的な方は、「受け」の棋士を贔屓にするだろう。しかし、普段から自分の生き方が本来の自分の考え方と違うと思っている方は社会的には堅実さで通っている人でもここぞとばかり、「攻め」の超攻撃的な棋士を応援するということもありえます。また、その逆もあると思います。

プロ棋士の棋風の「攻め」「受け」の割合は人数の割合から言えば、「攻め」は大多数、「受け」は少数派です。これは私が小学生の時に将棋を始めた時から変わっていません。

また、「受け」の「棋風」の棋士はより一層駒得という損得勘定に辛い棋士が多いということです。「攻め」の棋士は多少駒損をしても細い攻めを繋いでという棋士が多いなか、「受け」の「棋風」の棋士は早めの局面で駒得をして局面を自然とリードしていく指し方をしていくことが多いと思います。

そして、別の意味で「受け」の棋士は歴史的に強い棋士が多い。なぜかというと「受け」の手は「攻め」の手に比べると気付きにくいのです。一般に「受け」イコール辛抱するという潜在意識があるようで、人間というのは、辛いこと苦しいことは忘却の彼方にしたいというような記憶作用が働くらしく、それによってそれが記憶として顕在化するのを妨げているらしいのです。だから「受け」の妙手ともなると「攻め」の棋風の人のみで対戦するということになれば、「受け」の妙手を対局中にお互い気づかず、対局後の感想戦に別室で研究していた棋士の助言にてようやく気づくことも多いと聞きます。

ですから普通の棋士では気づきづらい手を「受け」の棋風の棋士は発見することも多くなり、それによって局面を有利に導くこともできるのです。

そういう棋士を歴史的に簡単ではありますが、ご紹介したいと思います。

永世15世名人 大山康晴

今もって1433勝という歴代最多勝数という記録を持っている棋士が大山康晴である。現在羽生竜王があとその記録に30勝たらずのところまできています。羽生さんはまだ40代後半の年齢なので、今年中に記録更新は可能だと思います。

でもこの記録を破られても大山さんの将棋界における貢献は絶大なものがあったと思います。

今と違って、大山さんが活躍していた時代は永世称号を現役時でも名乗れたようで、大山さんがタイトルを保持していないときでもNHK杯にて大山さんが出場してくるときは必ず「15世名人 大山康晴」と必ず紹介されていました。

今なら現役引退でないと永世称号は名乗れませんから、「九段 大山康晴」となると思いますが・・・

また素晴らしいところは69才でお亡くなりになるまで、現役A級棋士であったということです。現在日々研究の進歩が早い将棋界では、年齢が高くなればなるほど第1線で戦い続けることは難しいことと思います。

また当時パソコンもありませんでした。当時最新の棋譜研究も大昔の手書きから青刷りに変わったくらいです。また日本将棋連盟の将棋会館は関東・関西に分かれておりますが、当時関東の棋士が関西の対戦の棋譜を観ることができるのは対戦から1週間後という状況にあったようです。今なら関東・関西にかかわらず対局はネットでリアルタイムで観ることができるようになっています。その場で研究もすることができます。そういったこともあり最新の研究の環境としては大山さんが活躍していた時代は今とはかなり違っていたと思います。でも当時中原・米長・加藤などの強豪がいたなかで、69才までA級棋士であり続けたというのはとてもすごいことだと思います。それには日頃の研究に加えて、戦型を振飛車居飛車の対抗形専門にすることで若手の研究を変わすことができたこと。当時振り飛車全盛で、のちのち振り飛車の天敵となった居飛車穴熊は当時ある種特殊なアナーキーな戦法であるということで採用する棋士が少なかったという時代背景もあります。

当時NHK杯にて大山さんの解説を観てて印象的だったのは、金の使い方についてでした。大山さんいわく金はどちらかの王(玉)に近ければ近い方が、働きが良いのだというものでした。ですから向かい合っている対局の将棋盤にて双方の王の中間地点にいる時が一番金は働きが弱いのだということです。

大山さんは一旦優勢になると、相手のやる気を削ぐべく「受け潰し」を行ってきます。駒得した駒を美濃囲いの隙間に容赦なく投入して相手の攻める気力を萎えさせるように戦っていました。また戦うにつれて自然と金銀が自玉に自然と集まってくるように指していたのも良く覚えています。

また、局面が不利になっても、平然と受け続けるのも平気でした。大山さんが対局の際、解説者は「普通の棋士だったらかなりキツイですが、さすが大山さんはかなり不利になっても全然平気ですね。」というような解説をしていたのを思い出しました。

淡路 茂仁 九段

私が小学生に将棋を始めたころ、王位戦挑戦者決定リーグ戦などでけっこう活躍していた棋士で、居飛車党で受けの傾向の強い棋士でした。

少々のことではなかなか土俵を割らない戦い方で、いつも長手数になることから「長手数の美学」と呼ばれていました。

たまにNHK杯の解説者として出演することもあり、関西弁で「受け師」らしく受けの順を中心に解説をしてくれるのでとても印象に残っています。

だが、時の流れによって、次第に第一線に出てくることはなくなりました。

これも仕方がないとはいえ、何か寂しい限りですね。

中村 修 九段

昭和55年に4段に昇段したいわゆる「55年組」の一人です。すぐに頭角をあらわし、王将戦のタイトル挑戦時には、「受ける青春」と言われていた。そして王将を奪取、王将を2期タイトルを保持しました。

木村 一基 九段

奨励会昇段卒業は割と遅かったようだが、プロになってからはすぐに頭角を現し、順調に昇段、タイトル戦登場を果たす。しかし、タイトル戦に登場するも数回タイトルを獲得するところまで至らず「なぜか和服を着ると弱くなるようだ」と揶揄されるようになった。

棋風は「受け」に特徴があり、「千駄ヶ谷の受け師」の異名を持つ。ちなみに千駄ヶ谷は東京にある棋士が対局する将棋会館の場所であります。

また将棋の解説に定評があり、「解説名人」という本人にとってはあまり有り難くない?称号をファンから与えられている人気棋士の1人である。

このブログを書く3日程前に王位戦挑戦者決定リーグ戦「羽生ー木村」戦があり木村九段が勝利したようだ。この2人にはこれまでのタイトル戦同様末永く活躍してもらいたいものです。

佐藤天彦 名人・永瀬拓矢 七段

この2人については、私自身最近将棋界の話題にはフォローしきれていない部分が多いため簡単に終わらせることにします。

またこの2人に関しては、こんな私よりこのブログを見ようとしている読者の方がよく知っていると思われるので。

このブログを観ている人が気づかない視点や情報を提供するのが大切だと思っていますので、あえて深入りはしないことにします。

佐藤天彦 名人は私が観た限りでは、局面がかなり有利になった時に決め手といえる独特の受けを見せるという印象があります。

また、私生活ではゴージャスな感じがあるらしく「貴族」というニックネームがつけられているらしい。

永瀬 拓矢 七段は最近タイトル戦によく出ていている印象である。順位戦ではかなりの成績を収めたにもかかわらず、もう少しのところで昇段を逃したというアンラッキーな面もあるようだ。まだ20代と若いのでこれにめげず前向きに頑張って欲しいものです。

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